昭和42年12月15日 夜の御理解


 昨日の朝の御理解に丁寧という事について頂きました。本当に、この丁寧という事、人にでも物事にでも丁寧を抜きますと、やはりお道の信心、信者として相すまん事になってくるのですし、又、神様にも喜び頂けない事になるのですから丁寧の限りをひとつ、つくさせてもらう信心を身につかなきゃいけんと思うですね。もうよかよか、こんくらいなこつで、これでよかくさい。あれがいけんねえ、こうしなきゃいけんという事が分かっておったらこうしなければいけんのです。もう神様は御承知だから、御承知には間違いないのですけれど、そこんところ人間として、あのこうする事が本当だと、そりゃ限界がございますから、限りがないですね。けれどもせめてここまでは、というとこはですね、やはり私共丁寧にそこんところなしていかんとおかげ落しますですね。
 今御祈念にかかる前に、末永さんが改めてお届けしとりますが、今日午後から末永さん奉仕の時に矢次さん達が親子でお礼に出て来ております。御承知のように毎朝あーして夫婦で毎朝、朝御祈念に参ってみえるんですが、信心も長い信心を頂いておる。やっぱり行き届いた信心がでけられます。行き届いた信心が出来られれば出来られる程、やはり信心が分かっておられる訳ですから分かっておられる事を疎かにしては、やはりおかげにならんですねえ。
 例えば御本部参拝の御初穂なんかでも、もう矢次さんの一家だけですよ。各々に御初穂をピチーッと水引掛けられてなさるんです。だから合楽のもんはそうせんでもええ、知らんから。それでもいいのですけれども矢次さんにとっては、そうしなければ相すまん事が分かっとるから、なさるのである。それを欠い だら、もう、だからおかげにならんね。だから私共でも、やはり段々年限を、信心の年限が長うなれば長うなる程に、信心も巧者になれば巧者になる程実意丁寧というかね、それが身に付いていかなければおかげも、本当の事に、神様が丁寧なおかげを下さいませんです。あちら?丁寧になっていかんと、もうよかよか神様の方からもよかよかになさいます。それじゃいかんのですから、ねえ。今日二度目のその日の午後からのお届けにお礼にでて見えたのが、今日は大変広大なおかげを頂きましてと見えられたのがですねえ、その朝、この火消し壷の蓋をするのを忘れておったんです。そんだもんですから、それが真っ赤に起こってすぐ後には、御承知の様に燃料屋さんですから、もう炭の粉が沢山こずんであった。その向うには焚きもんが一杯こずんであったそうです。それが気付かれた時にはですねえ、もう真っ赤に起こってですねえ、その炭俵に移ってから、もう煙がもうもうと出よった。聞いただけでも身の毛がよだつ様な感じですよね。それをですよね、どうして気付いたかというと、よめさんがお夢を頂きよった。それが、その御神前に、御神飯のお供えをしている。ねえ、皆さん御承知のように、御神飯はちゃんと御神紋がついとりますから、御神紋を正面に向けて、こう致しますとですねえ。それをその反対向けてお供えしとる。そりゃ嫁さんが、こりゃ直さにゃいかんと言うたところがお母さんのしず子さんの方が、よかよかそんぐらいなこつはよかがの、て言うた、ち言うたらですね、言うたらですね、途端に御神前から煙がもうもうと出てる所で目が醒めた。実際の事、そこで起こっとった。
 しかし、本当にこの神様は生きた神様ですねえ。しもう私共が自分、信心というものを本当に振り返ってみてですたい、ここまでは分からして頂いたら、分からして頂いた事は、私は信心生活の上に現していかなかったらですね、値打ちは無い。お気付を頂いても、そのままほおっといたら、もう今度はお気付すら頂かなくて、所謂信心が死んでしまうです。生きた働きをしなくなってくる。お気付を頂ける時は有難いと、生きとる証拠ですねえ。
 ですからですねえ、その辺のところを、私は丁寧にしていかなければいけない。今、私、その事をですねえ、末永さんに聞かせて頂いて、本当に矢吹さんが広大なおかげを頂いて小難のおかげを頂きましたと言うから、なんが小難の、あんた大難を無難でおかげ頂いとるばいと、私は申しました。ねえ、あなた炭の粉のそれについてです、すぐ横にある薪が沢山、これは商品の薪が沢山置いてあるとに、あなた移ったら、それこそあなた焚き付けられた様なもんですからねえ。それは勿論「   」忘れさえしなければ絶対、側に「かたきつけ」があっても大丈夫なんですけれども、人間ちいうのは、そこが忘れとります。それがそのまま一晩のうちか何日のうちかに起こってしまうですね。そしてその煙がもうもうそこから出よった。それを神様からお知らせを頂いてですたいねえ、まあ本当に無難でとりとめたけれども、そこによって、ただおかげ頂いただけじゃいかんという事。ねえ、ハアーほんなことよかよかそんくらいな事よかがのうという様な、例えば分かっておる事を、その自分で疎かにしてる様な事があっちゃー、これからならんなあと分かって初めて、それを私はおかげにする事が出来ると思うんですよねえ。どうぞ。